東京圏はササメユキのもたらす大寒波と暴風雪、ササメユキと自衛隊の戦闘(と言ってはいけないらしい、表向きには神様を天に送り返すための儀式なんだとか)に巻き込まれた。ただの寒波なら暖房をガンに焚いて引っ込んでいれば耐えられたかもしれないが、神妖の物理的な破壊行為によって停電地域が生じ、加えて自衛隊の戦闘で大量の電力を使用するために、大規模な緊急計画停電が実施され、暖房は使用できなかった。それに伴って市民へは避難が呼びかけられ整理避難は実施されたが、そんなものは名ばかりで優先搭乗権を汚い金で購入した富裕層が先に避難し、その結果後回しにされた貧困層は貧相な集合住宅に残され自宅で凍死した。そうした貧困層向け集合住宅では棟まるごとが住人の死体安置所になったものもあるという。浅草百廿階は、その復興のシンボルとして建立された電波塔で、こうして高所から東京を観覧できる観光地としての側面もある。新たな電波塔が求められた背景には、温室化による海面上昇によって陸地の多くが水没してしまい、かつて高地であった小さな陸地に寄り添うように大規模な水上生活を行う集団が広く分布することになったことと、そうなることで通信網の不安定化が顕在化したため、その強化のため、と言われている。だがそんな小難しいことはおいておき、少なくとも慰霊碑として見做す人もおり、観光地化を望まない声があるのも確かだ。観光地と言っても完成当初いや施工当初から、こんな展望台でろくな勝景が得られるわけがないと巷間叫ばれていたし、事実その通り;毎日が曇りとなった今日特例的に窓を設けた展望台を作ったところで、どんよりと濁った景色が見えるだけだった。ならばやはりこの単に仄暗い慰霊碑なのだろうか。それでも、曇が日常となった時代に生まれた子供たちはこの景色でも十分に綺麗だと喜んでいるようだった。きっと茅野もそうだろう。
Magrevエレベートル。初めて乗ったときは相当怖かったけれど……今となっては慣れたものだなあ
多くのワイヤー式エレベータも、登場当初は搭乗者の恐怖を煽ったことだろう。昇降動力がワイヤではなくリニアだと言っても、ガバナワイヤは敷設されている;完全にワイヤレスとは行かない。それ故に安心なわけだが。浅草百廿階は地上127階建て、125階と126階は一部吹き抜けの展望デッキになっていて、そこまで登るエレベータは大型高速の新型エレベータだ。
だが、新型だろうが旧式だろうが、彼女には余り関係がないらしい。
茅野はエレベータに乗るのは初めてだね
カゴに乗り上昇が始まったときから、茅野は怯えたように僕にしがみついて来た。上昇している感覚がわかるのか、それともG荷重の気味の悪さに慣れていないからか。普段外に出歩かない茅野には、人目を気にするという意識があまりない;だから外に連れ出すと何をするかわからない。と思っていたのだが、存外におとなしい。周囲を常にキョロと警戒するように見ながら、不安そうに抱きついてきたりする。周囲が声を憚る公共の場でも気にせず声を出したりするが、大声ではないし、僕が指を立てて〝しー〟とやれば、〝しー〟と同じ仕草を返して口を噤む。実年齢はわからないし見た目が幼いにせよ、10歳前後のようには見える;それにしては幼い言動を示すのは、やはり知恵遅れの症状だろう。だがその空気を読まない笑顔は、天使そのものだ。
怖いかい?
茅野は僕の脇腹に顔を埋めたまま小さく頷いた。僕はその小さい頭に手を置き、産毛をそのまま豊富にしたような柔らかな髪の毛を指で撫でる。きゅ、と僕にしがみついていた腕の力が少しだけ緩んだ。
電磁浮遊式エレベータと商標された新型のエレベータは、加減速時の若干のGの変化以外には全く動いている感覚がない;地上120余階を時速80キロメートル以上の速度で上昇しているだなんて。そのG変化さえ時速80キロメートルとは思えない程穏やかだ。
日本で一番高い展望台だよ
うん
ちーん、と敢えてレトロスペクティブな到着音を鳴らしているが、見えているベルがただのオブジェでしかなく聞こえたのは電子音であることは、すぐに分かった。僕にとっては少し残念だし、そうしたレトロを楽しむ意識のない若者:例えば茅野のような:には、意味がわからない趣向だろう;だったらきちんと徹底して欲しい。その茅野はといえばエレベータの恐怖は何処へやら、ドアが開くと同時に飛び込んできた大パノラマに目を見開いて飛び出していった……のを寸での処で捕まえる。
こら、走るな
あーっ、あーっ!
わかったから、ほら、手繋いで行こう
周囲の人達からの視線が少々刺々しく刺さる。言葉遣いや振る舞いが見た目よりもかなり幼く、明らかに知的な障害がわかるからだ。黙っていれば……こう僕が言っては何だが、メディアに出しても恥ずかしくない美少女なのだが。彼女にはその障害故に世のくだらない柵に縛られない、穢れに曝されず浄いままでいられる、だからこそ彼女は女神だと言うのに;周囲の人間達は何もわかっていないのだ。僕はむしろ誇らしいくらいの気持ちを抱きながら、茅野に手を引かれるようにして展望デッキの縁へ向かう。
そら、くも、ちいさいおうち!
ああ
すごい、すごい、と声を張り上げながら、余りにも邪気のない純粋な驚きの声を上げながら、展望台からの眺めに興奮する茅野。
ササメユキを神送った際に、自衛隊の新兵器によって開削されて出来た新ひょうたん湖を足元に望みながら、その向こうにはモンスターの歯の様にギザと凹凸を刻む摩天楼が見える。その周囲を背の高い建造物が囲み、東京圏の地平線に直線は残っていない。
どうだい
すっごーい!ありがとう、きずく!
僕の足に手を引っ掛けて、クルッと周囲を回るように走り、再び展望デッキにかじりつく茅野。楽しんでもらえてるみたいで、こっちまで嬉しくなってくる。こんなにはしゃいで飛び回っている茅野を見るのは初めてかもしれない。余程この場所が気に入ってくれたようだった。
茅野は無邪気に喜んでいるが、暗く垂れ込めた雲に覆われた薄暗い世界だけが、窓に描き出されている光景だった。世界的に内気温維持の熱効率に過敏になっている昨今、窓というものが残された建造物はそれだけで貴重だった。開閉できない、窓というよりは透明な壁としての構造ならばまだこうした場所では幾らか残されている。尤も、晴という天気は既に失われていて、高所から展望したところで空は常に雲に覆われている;ここは凌雲閣の跡継ぎとしての存在にも拘らず、こうしてガラスの向こうの世界を望んでも、到底雲には届いていないと痛感するだけだ。それでも、この灰色の雲が垂れ込める世界が、眩しいほどの晴天だったあの頃のそれよりも妙に現実的に、僕には思えていた。空は抜けるようなスカイブルー、澄んだ空気に眩しい陽光で満たされた輝かしい世界は、なんだか嘘のように思えて。だから僕はこの場所が好きで、れい子とも、一人でも、よく来ていた。
れい子は僕に連れられてここに来ていたが、僕の一歩後ろをしずと付いてくるだけ、いい眺めだなと言っても:えゝとっても:と返すだけだった;本当はここからの眺めをどう思っていたのかは、わからない。
まど、まど、あける
この窓は開かないよ
あけるう!
開かないよって
言い聞かせても茅野は手摺と柵の隙間から細く短い腕を差し込んでガラスに触れる。当然開閉できるようにはなっていない。それでも茅野はガラスにベタベタと触って開けようと押しているのがわかる。茅野が自宅で一日中窓の前にいるのは、自分で思ったとおりに開閉しないと気が済まないからだ。しまったなあ、それがここで出てくるか。自分の浅慮を後悔した。何か彼女の気を引けるものを……と、人も疎らなフロア内を見渡すと、軽食店舗が見つかった。
茅野、茅野、アイスクリン食べないかい?
!アイス!
ガラスを押して窓を開けようとしていたのが嘘のように僕に向き直って、はやくと急かしてくる。エレベータを降りて展望デッキに駆け出した時と全く同じテンションで、茅野は売店まで僕の手を引っ張った。まったく、手がかかる。でも、そういう手の掛かる感じが、なんとも愛おしい。れい子と比較しても仕方がないのは間違いないが、れい子のよくできた具合に逆に疲れてしまうのと、この無邪気な我儘さに感じるある種の安堵感は、真反対のものだった。
コーンの上にとぐろを巻くアイスクリンを茅野に渡す前に薬を見せる。嫌な顔はしない、少し不思議そうに大きな目をくりりと流し、柔らかい唇と頬をふわと動かしながらそれを口に含んだ。僕はアイスクリンの先端を指で掬い取って、クリームの乗った指を彼女の口に含ませる。柔らかくて薄い唇が指先に感じられる。丸みのある歯、小さな舌先が僕の指を舐めた。アイスクリンを舐めて薬を飲み込むが、彼女はよく覚えている、僕が指を口に含ませたときに、どうするのかを。
茅野
ふぁむ……
アイスクリンのほうが気になるのか重そうに持った右手を心許なげに揺らしながら、左手を僕の手に被せて、彼女は僕の指を懸命に舐め回している。小さな口で僕の指と格闘する茅野。指先に感じるサラとした彼女の唾液。唇の感触、舌の滑らかさ。
おいしいかい、茅野
ん、んぅ
お薬飲めたらもういいよ、アイスクリン食べなさい
おちんちんは?しないの?
ブフゴッ!?
人目を!気にしない!
疎らとはいえ人がいる展望デッキ、それらの視線の幾つかが僕の方へ突き刺さってきた。
自分の左腕を右手で持ちながらその左腕の有様に狼狽えているチルノの姿を見、同じように自分の腕を自分で持つ気分を想像してしまう;体中に鳥肌が立ち体中の神経に氷水を流したように震え上がってしまった。いけない、チルノの姿を見て怖がったように思わせては。まずは彼女を落ち着かせて、腕をなんとかしなければ。何とか?でも、なんとかって、どうするの?ボクの方も気が動転して何にどう対処すればいいのかわからない、とりあえず落ち着こう。
とりあえず落ち着こう。
うん
痛い?
痛くはない、けど
けど?
ふあふぁする……
チルノが自分を〝風邪〟と指して言うのは高体温状態つまり熱中症みたいな状態のこと、熱にやられてる点では同じなのだけど。そういえばチルノって体温が他の存在より圧倒的に低い割に、普段夏でも、あついと言いながらも割と普通に生活できている。それって彼女に加えられる熱は何らかの作用によって、他の存在よりもより強く放散されているからなんだろうか。外気温よりも強く外部に熱を放散するには相当なエネルギーが必要だろうし、そうして外に追い出された熱は……やはり彼女の言うように湖の水でも沸騰させているのだろうか。
痛くないんなら、大丈夫、きっと大丈夫だよ。暑いと寒いが一緒だなんておかしなことを言うから、体が悲鳴を上げてるんだ。八意先生の所に行こう、きっとなんとかしてくれるよ
自分の左腕を右手で持ちながらその左腕の有様に狼狽えているチルノの姿を見て、自分の腕がちぎれてもう片方の手で持っているなんて気分を想像してしまい体中に鳥肌が立ち体中の神経を氷水に晒したように震え上がってしまう。いけない、彼女の今の状態を見て怖がったように思わせては。まずは彼女を落ち着かせて、腕をなんとかしなければ。何とか?なんとかって、どうするの?
確証は無いけど、きっと熱の所為だ。〝あつい〟と〝さむい〟を混同して対処を誤ったから、彼女の体に何か致命的な障害が起こっている;彼女の変貌を見て、それ以外に、何か原因を指摘し得るとは思えない。
ん
わわ、〝ん〟って……!
チルノは自分の腕をボクに差し出してきた、持っていろという意味だろうか。有無を言わさずに渡す唐突さに、ボクはつい手を出してそれを受け取ってしまった。柔らかくて白い、肌。不思議と断面に出血はない、痛みもないと言っていた。出血はないと言っても肉と骨がもろに顔を覗かせているのだ、溢れ出してこそ来ないもののその断面は確かに、じめり、と湿潤した肉の質感に濡れ照っている。腕を動かすために絡み合った筋肉、骨、太い血管についてもその円筒な切り口が覗いている。明らかに生の肉体の断面図、気味の良いものではない。濡れみを保つ断面には触れない方が良いだろうと接触を避けた。
今〝外れた〟ばかりなのだから当然だ、まだ生気を留めて生々しく彼女の体温を保ってひんやりしている。ひんやり。ボク等の場合は生命から切り離された体は〝冷たくなる〟と表現する、ニンゲンも動物達も同じだろう。でもチルノの場合は、体温を失って〝温くなる〟のだろうか。その場合も体温を〝失う〟と表現するべきなのだろうか。〝冷たさを失う〟とは、なんだろう。生憎、チルノは〝サイクル〟の瞬間をボクには見せない、ローリーにもルーミアにも見せない。その瞬間、彼女の体はどうなっているのだろう。彼女の体には、ボクには到底理解の及ばない魔法が詰まっているんだろう。ルーミアの〝闇〟もそうした性質で言えば同じだった。
彼女達は、魔法だ。そして今、チルノという魔法は、何らかの危機を迎えている;まだボクの、彼女も知らない何らかの。
八意先生の所に行こう。文明の進化レベルを不当に進めないように医療のレベルを下げていて、みだりにニンゲンに対して高度な医療はやらないようにしているそうだけれど、ボク等はニンゲンじゃない、きっと何とかしてくれるよ。腕をタオルに包んで、傷つけないように。
チルノが氷精たろうとも生き物ならばそれは医療であろう、頼れる人は多くない。チルノが生き物たろうとも氷精ならばそれは、レティ・ホワイトロックも選択肢の一つかもしれない。ただ、この常夏状態になって夏眠から起きてこないと言われている。チルノがそれを起こす役目を担っているのかどうか、正確なところはわからないし、聞いても教えてくれない。寒気という限られた面のみとは言え〝天候〟という巨大な概念の妖怪、それは既に精霊の中でも極めて位の高い権精霊に相当すると言われている。白雪留めの権精霊の夏の間の住処は、紫太妃のマヨヒガと同様〝在非在の野〟なのだという。チルノはそれがどこにあるのか知っていて、好きに入れるのだろうか;まるで、家の鍵を持っているみたいに。
白雪留めの権精霊に助けを求めるのはチルノにとってのオールマイティカードだろう、当然まっさきにそうするべきな筈なのに何故だろう、そうしてはいけないという強烈な胸騒ぎがする;とてつもなく後ろ暗い、恐怖にも似たものだ。ボクの独断的な感覚で管理者への送還ではなく治療に当てようというのは些か越権が過ぎるかと思われた。もしどうしてもと言うなら反対はするまい、そう自分に言い訳の予防線を張る。
ところが、彼女はその場を動こうとしない。腕を包むためにと持ってきた清潔なタオルを手に取ろうともせず、自分の腕を抱えるみたいにして木の根の間に体育座り;ここを動かないという意思表示に見えた。
いやだ
え
病院はいやだ
そんな子供みたいなこと言わないでよ。っていうかチー別に病院とか苦手じゃないじゃん。この間だって健康診断に……
いやなの
いやったって、その腕は、どうするの?体の他の場所も、具合が悪くなってるかもしれない;いや、きっとなってる。ちゃんと診てもらった方が良いよ。
いやだ
じゃあ、レティさんの所に行こう。それなら
それもやだ
どうして
一体何に頑なになっているのだろう、何か理由があるにせよ今はそんな事を言っている状況ではない;それはチルノが一番良くわかっている筈なのに。どういうつもりなのか全く理解が及ばない。彼女は膝を抱えたまま何も言わなくなる。体育座りの膝に額をくっつけて丸まり、小さくなっていた。
……どうしても。あたい、リグルのうちに行きたい
えっ、うち?
膝を抱えたまま、こくん、と頷くチルノ。ボクの家に来たところで何も自体は好転しないように思えたし、何より何故うちに来たがるのかわからない。ただ、ボクの家に来るというのなら、ボクに打てる手が増えるのも間違いなかった。チルノを騙してしまうようで悪いけれど、今はそうさせてもらうことにした。
わかったよ、ボクの家に帰ろう;でも、うちでちゃんとゆっくり休むんだ。腕についても、一旦落ち着いてから改めて考えよう。ただ、時間が経っちゃうともうくっつかなくなるかもしれないから、なるべく早く
……わかったよ
うぁ
苦悶の声、という性質のものには聞こえない;強いて言えば「お料理してて生卵を割るのに失敗しちゃった」という程度の軽い声が聞こえたので彼女のその方へ視線を向けると、体を起こそうとして力を入れた手の小指と薬指が、白身魚のフライみたいに、もろと崩れるように取れ落ちていた。
ぁーぁ……
だ、だめだよ!じっとしてなきゃ!
介抱しているのはローリー。転んだ拍子に手が外れてからもう2日が経ったが、チルノの体は末端から崩れ易くなっているようだった。今は、ボクとローリーがついて見ている。明日以降、紅魔館で仕事中のルーミアが帰ってこれば交代制になるだろうが、彼女のバイトのシフトは正直誰もよく知らなかった。いつ帰ってくるのかはっきりとしない。
指は
ここにある
チルノ、どうしちゃったの
さあ
さあって……
彼女は八意先生にかかることも、何よりも白雪留めの権精霊の下を訪れるのも、嫌がっている。何故こんな状況になりながらも今の彼女には、焦りや恐怖という色がないのだろう。まるで自分の体が崩れていくことを、他人事を眺めるかのように言っているのだ。痛みがないから、だけとは思い難い。こうしてとりあえず横になって、河童の文化氷室で作った貴重な人工氷を体に当てて様子を見ていた。
だがこんなことをしていて良くなるとは到底思えない。指を受け取って、氷室に保管する。もし、彼女が万全の体調のまま指が落ってしまうようなことがあれば、彼女の指こそ氷室のつめたさを維持する熱源ならぬ冷源だろう。だが今は違う。それでもこうして彼女の指を可能な限り冷たく保つのは、ボクは彼女に黙って行動を起こしていたからだ。もし最速で事が進んでいるのなら、今日明日そろそろか、といったところだろう。時計の針が一つ進むのを妙に長く感じながら、そうであることを祈っている。
かたん。
玄関先で物音が聞こえた。期待しながら玄関に向かうも、文々。新聞が届けられた音だったようだ;期待する人影はなかった。そんな風に、物音がするたびに玄関の方に気を向ける、しかしそのことをチルノに気取られてはいけないのもまた窮屈で、バレるのが先か早く来てくれるのが先かと気が気ではなかった;なんせこれがバレたら、チルノはここを飛び出していってしまうかもしれない。彼女が診療を、あるいはレティさんの元へ里帰りすることも拒否している理由はわからない。わからないが、それでも可能性を潰すことだけはしてはならない。
1日がまるで36時間位あるかのよう、なもどかしく焦燥する時間がじりと過ぎて、2日と半分。ようやく。
ごめんくださいな
うん、誰かな?
先生だ!
先生?
八意先生だよ
やっと来てくれた:興奮してつい立ち上がってしまう。ボクが立ち上がった頃には既にローリーが玄関先に向かっていた。声の主は、おそらく八意先生。チルノが通院を嫌がるものだから、こっそりと虫を遣わせて呼んできてもらったのだ。
ボクが喜んでいる他所で、チルノはボクの方を非難がましい目で見ていた。
リグル、なんで
ごめん、チー。でも、ほっとけない
理由こそわからないが、チルノが診察を嫌がっているのは知っていた。でも、だからって黙っているわけには行かない。今はそういう事態ではないんだ、彼女にそれで嫌がられたって構うものか。
虫を使った、といっても〝虫の報せ〟では明確な言葉を運搬することが難しいし、メモも長距離を早くは運べない。でも相手が何らかの虫とコミュニケーションが取れるのなら、話は違う。幻想郷にも歳経て知能を持つに至っている虫妖は幾らか居るが、永遠亭では追い返されるのが関の山だ。そうすると頼れる相手は……彼女くらいのものだった。
先生、わざわざありがとうございます。それに、ヤマメ
へえ、呼び捨てとはいい度胸だね
えっ、と……かじグゲェェ
うどんげが真っ青になって飛び込んできたから何かと思えば、〝次元渡りの蜘蛛神様〟がいるんだもの、びっくりしてしまったわ。
私は世渡りが上手なんでね、こいつに恩を売って、月の頭脳にも顔を覚えてもらって、一石二鳥というわけさ。ただ、もう神様は店じまい、閉店セールに来たのもそいつくらいだったしね
ああ、確かに世渡り上手かもしれませんわね;あれ以来守矢とパイプができたのでしょう?山を一つ殺すお祭、外野は大騒ぎでしたよ。疫病の流行にツチグモの反乱討伐、博麗もざわついていて……少々いい気味を味わえましたわ。
守矢の連中は元々地霊殿の奴らと繋がりたがってたのさ、先見でこっちに出てきていた子鬼がいただろう、あれに目をつけていたらしい。だから、あたしは関係ないよ
子鬼……?あゝ、あれを子とは、聞いているこちらがヒヤしますわよ
政治話をしながら、まるで簡単そうな様子でチルノの腕を診る八意先生。チルノはというと、嫌がっていた割には八意先生に、腕を見せたり質問に答えたり、素直に従っている。
急患が居るって聞いてきてみれば、なるほどこれは……。本当は地球で医術は極力しないようにしているのだけど、まああなた方なら構わないでしょう。こっちの部屋を借りるわね、男の子は入ってきちゃダメよ
はい
言葉尻こそ冗談めかしたものだったが、八意先生の目がそんなに穏やかな色をしていなかったのが、印象的だった。やっぱり難しい状態なのだろうか。とにかく今は八意先生にお任せするしかない。ベッドがあるボクの寝室に入っていったが、その際もチルノは別に抵抗などしていない。あんなに嫌がっていたのは何だったのだろうか。残されたボクとローリー、それにヤマメ。
あんたも久しぶりだね
その節はお世話になりました
昔ちょっとした……いや、大事件で、ローリーはボクとヤマメのゴタに巻き込まれてしまったことがある。あれだけ大変な出来事があったというのに〝お世話になりました〟という言い回しをするあたりに、女の子の怖さを感じた。
でもあの子、あんなに素直にセンセの言うこと聞くんなら、あたしが呼びに行く必要なんてなかったんじゃないの
うーん。あんな感じじゃなかったんだけどなあ……ねえローリー
うん
でも、助かったよ。ボクが言っても聞いてくれなかったと思うし。それと、蜘蛛扱いして、ごめん。
なにいってんのよ、あたしは蜘蛛だよ;他の何でもない。それより、私をパシリに使ったこと、覚えておきなさいよ。
……もう神様でもないのに?
あー、そういうこというー?
ボクとヤマメの間に横たわる、ほろ苦い笑い。時間が〝癒やした〟なんて都合のいい言葉を使おうとは思わない、ただ、角が落ちて丸くなり、柔らかく小さくなり、もうそれを、飲み込んでしまっても大丈夫だと感じる。それはボクから彼女に対してだけじゃない、ヤマメからボクに対してもそうだろう。あのギラギラとした鋭い思念は感じない。穏やかに鈍らになったのだ。ふ、は、と短く笑って、凍りついた時間が、また刻まれ始める。
じゃあ、もうお役御免って感じだし、あたしは帰るわ。今夜ライブなんだよね
らい……?
お祭りだよ。もう神様じゃないけど、今のあたしは〝世界一可愛い〟ことがお仕事なのさ。あたしを捨てたお前を、きっと後悔させてやるよ
……期待してる
期待しちゃだめえ!
おっとこいつは済まないね、嫁さんがいたんだった。そいじゃあね
ヤマメは指先から糸を伸ばしその糸で自分の体を上から下へワイプすると、空間に不正アクセスしたように糸によって区切られた上側の視野空間から彼女の体が消える。糸がふわりと下まで降りた後、そこにはもうヤマメの姿はなかった。
久しぶりに会ったヤマメは随分垢抜けていて、もう神々しさなんかこれっぽちもなかった。でも、あの頃よりもずっと生き生きとしているように、〝自然〟であるように、見えた。
りっくん、男の子が元カノと会うときってどういう気分なの?
えっ、あー……古い戦友と会った感じ?
なにそれ
茅野を浅草百廿階へ連れて行ったことで、僕は或る種の決心、否、確信を得ていた。我が家に茅野を迎えてから、世話心というか面倒をかけてくる愛しさというものが芽生えていたのかもしれない、彼女を浅草百廿階に連れて行って以来それが僕にも無意識に存在していた事に気付いた。かつてはそんなことはなく、手のかかるような人間関係は御免被ると思っていたのだが、気付いていなかったのかそれとも歳を取って迎えた変化なのか。
れい子、茅野のことだが
はい
養子に取ろうと思う
えっ
今まで、僕が何を言ってもそう大きく取り乱すことなく大概はにこと受け止めていたれい子も、流石にこれには驚きの色を隠せないようだった。
妻としてのれい子は僕にとって掛け替えのない大切なパートナであるし愛していることに間違いはないが、完全に噛み合うオールマイティな存在でも決してない;そも〝完全に噛み合う他人同士〟なんて、ありえないことだ。れい子だってきっと口には出さないだけで、僕との結婚には大なり小なりの不満はあるだろう。僕はれい子の良妻さを少々持て余すようになっており、その持て余した部分を茅野に与えてしまおうとしている部分がある。もしかするとこれは「子供が欲しい」という僕の内面の欲求なのかもしれない。男にも、あるものなのだろうか。
どうしたんですか、急に
前から考えていたことだ。
経済的に問題もないだろう。勿論この先彼女に何か適合した分野が見つかれば全力で支援したいとは思うが、今の所全く勉学の素養を見せない茅野を書生として扱うのは、難しいだろうことは明白だった。それを単に今までダラと継続してきたというだけで、どこかで扱いを切り替える必要はあったのだ。養子とするかあるいは……再び捨てるか。茅野は、見目は整っている、好き者に定評がある女衒にでも当たればすぐに行き先は見つかるだろう。元々孤児で見世物屋に引き取られる手前を掻っ攫う形で連れてきたようなものだ、結果自体大して変わりはしないだろう。だがその選択は、今の僕には出来そうにない。
あれは、一人では生きていけない、れい子も見ていて分かるだろう
それは、そうですが
口籠るれい子、何か言い辛そうにして押し出すように言う。
……もしかして、私が、ややを授からないから、ですか?
そういうわけではない。だが、ここはそうだということにしておいた方が、良いだろう。僕は頷くでもなく、そうだと声に出すでもなく、沈黙によって言外に肯定を示す。事実、今茅野に対して「手がかかるから愛しい」と思っていることは間違いがなく、それは子供を欲しいという欲求なのかもしれないとも思っている。だが、それは男が持ち推し進めるには些か傲慢な感情だとも思っているし、何より本当に「子供」である必要があるのかさえ怪しかった。もしかすると、愛玩動物を飼いたいと思っているだけなのかもしれない。子供が欲しいと思い子供をもうけ、その結果実はペットとして都合よく可愛がりたいだけだったなんて結果になれば、子供にも、れい子にも申し訳が立たない。対して、茅野であれば……良心の呵責が若干ほどは軽減される;彼女の出自がそうである故だ。これも、残酷な感情に違いはないが。
養子縁組には、それなりに社会的な信用を要する。幸い僕にはそれがあり、この家は僕とれい子だけで住むには些か広すぎる。家事も君一人では大変だろう。あれを書生としておくのはもう厳しいし
私が、子を産めないから
私が、と言うな。僕にも責任がある。
不妊の責任は、女だけのものではない;いや、実際には男の側に問題がある方が多い。今日日、男の精子は女の卵まで届く力を失いつつあると言われている。僕も、恐らくそうなのだろう。れい子とは若い頃から……自分で言うのも何だが、頻繁にセックスしている。彼女は30を、僕は40を超えた今でも、年甲斐もなく燃え上がる。彼女のことは、今でもそれくらい愛しているし、今でも肉欲もそそられる。それでも、全く子供は授からなかった。彼女は、それに不要な責任を感じている。
不妊は女だけの責任じゃない。いやむしろ、男として僕が、不甲斐ないからだろう。もっと強く逞しい男なら
やめて下さい。私は、築さんをお慕いしているのです。別の男性も、別の築さんも、要りません
妊娠技術は進んでいて、若い頃に活発な精子や卵を保存しておけるようになったし、今は体細胞から生殖細胞を作り出すこともできる。昔はこれを〝不妊治療〟と呼んでいたらしいが、今は妊娠するための積極的な技術として認知されており、名称が改められた。セックスは子作りの行為ではなく、夫婦のコミュニケーションとして成熟あるいは形骸化している。そういう点で、僕とれい子の間のセックスはどうなのだろうか。彼女を大切にしたいと思うし彼女を腕の中に抱いていると劣情は巻き起こるし、行為の後に彼女が傍にいると安らぐ;だが彼女がそれをどう思っているのかは今でもわからない。この非対称性は太古の昔から何も変わっていないのだろう。それでも、巷間男女の妊娠の理想形はセックスによる、という認識自体に変わりはない。できることならセックスで子供を作りたいというのが、彼女の予てからの希望だった。―僕は、どうだろうか。
れい子、今度、病院に行ってみないか。きっと、僕の精子は、れい子を満足させられないんだ。
……もし人工妊娠できるとしたら築さんは、私との子供を、望んで下さいますか?
そうだいっそ、いっそそうして人工妊娠で子供が出来てくれれば、僕のこんな汚らわしい感情を有刺鉄線で封印してしまえるのに。僕の裡側で茅野の姿をした女神がどんなに暴れようとしても、如何に激しく震えようとも、封印しておける絶対零度の容器が欲しい。
ああ、勿論だ
僕は、嘘をついたかもしれない。
僕はれい子を抱き寄せる、彼女の腕も僕の体に絡められた。れい子とこうして体を密着させるのは久し振りのことだった。築さん:か細いれい子の声。だが僕はその声を聞きながら、瞼の裏に茅野の裸體を描き出している。もう、手遅れかもしれない。
築さん……もう、手遅れなのかもしれませんけど
何が、だい
見透かされた、と驚いてしまった。彼女にはいつもどこかそうした部分がある、いや、女というものは誰でもそういうものかもしれない、男のことなんて全部見透かしていて、まるで子供をあやすかのように男を愛でている;そういう風に感じることがある。だが、どうやら違うようだった:妊娠適齢のことを言っているらしい。
最後に、もう一度だけチャンスを下さいませんか
チャンス?
今日、あたりの日……です
そう言って頬を染めるれい子の姿は、ここ何年かで一番、可愛らしく思えた。
もう手遅れだよぉ?
ろ、ローリー、こんなときに……
こんなときでも反応するくせに
そう言って、ローリーはソファに沈んでいるボクに跨るように乗り上がった。チルノやルーミアと違って、ローリーの服のチョイスはいつも少しだけ大人っぽい。ロングのチュールスカートと色味を合わせた半袖アウターはともに落ち着いたアースカラーで、アイテム自体はガーリーなのにコーデによって一歩垢抜けたアクティブさを着こなしている。彼女らしくきちんと脱ぎ揃えられた靴は、ハイカットのスニーカーだった。対して、無地リネンシャツとハーパンなんて雑なかっこのボク;外翅の変容態としてのマントはどうしても消せなくて、暑さ対策で縮退すると……セーラー襟みたいになっちゃうせいで余計にアレ。ローリーはボクなんかより、コーデ一つでよっぽどかっこよく見える;だのにすっごく女の子な顔をしているし、口を開けば
ほーらっ❤
なんて、甘ったるい声。声は彼女の魔法;そして手遅れなのは、ボクのまんなかだった。ローリーは女子した可愛い顔をこんなときにしか見せないイタズラっぽい笑みで塗り替えて、キレイに塗り染められた爪先でボクのそこをなぞっている。固くなっているのは、バレだ。彼女の指は、綺麗に長く伸びネイルで彩られた爪が特徴的だけど、左右の手とも薬指だけは伸びていない。それには理由があるのだけど……。
まあ、私の方も手遅れだけど……❤りっくんのおちんぽがインフラなのは分かってるつもりなんだけど、ね
まって、その認識を改めて
違うの??違うのに、りっくん、あんなに色んな人とエッチして回ってるの????
……
どこからどう弁明すればいいのかわからない。
チーが大変なときに、こんなことしてちゃダメだよ
ふーん、お嫁さんがいるのに、あっちこっちで男とも女ともえっちして回ってる浮気な旦那様が、そんな倫理的なことゆーんだ?
えぅ
堪え性がないのを指摘されるとボクには何も弁解する余地がない。天(井)を仰いでいると、ローリーはちょっとだけ苦笑いしながら唇を寄せてくる。こっちまで唇を出せ、と言われている気がして、最後の一歩はボクの方からくっつけた。鼻がつっかえないように少し首を傾げて、柔らかい唇に溶けて取り込まれてしまいそうな口付け。ただ唇がくっついてるだけで全身が密着してるみたい。唇がふわりと動いてお互いに食み合うと、身も心も裸で絡み合ってるみたいな甘い感覚で満たされる。舌同士が出会って触れ合うと、どきどきが弾けてときめきホルモンが全身を駆け巡る。もっとしたい、もっとたりない、もっと。ローリーが一番だなって思い知るの、キスしたときなんだけど、こんなことゆっても信じてもらえないだろうな。
……なんか、チルノに、取られちゃいそうな気がして
取られる、って。共有インフラだって言ってたじゃん
認めるんだ??
そういう意味ではなくてぇ
なんなら、ここでシてたこと、映像記録して後からチルノにみせちゃおっか。りっくんは私のものだって、ちゃんと示さないと。ルーミアにもね。あと、風見さんにもはっきり言っとかないとね。
や、やめようよ、そんなことしても
……冗談だよ
冗談に聞こえない。
こんなふうに蒸し暑いと……えっちしたくならない?
あっついのは関係ないし、何ならここんとこまいにちあっついじゃん
だから毎日ムラムラしてるんだよお。多分みんなそうなの、りっくんみてたらムラムラするんだから。でもだめ!
ひぇ
慧音先生が言ってた意味はわかるんだけどさ、だからって、女心は複雑なのです。ううん、単純かな。〝好き〟って、それだけだから
慧音先生が言っていたこと、というのはこうだ:幻想郷の妖怪は長命でかつ概念的に発生する精神寄生体で、人間が宿主となりその恐怖が栄養となる。ほぼ全ての個体において雌性であり、増殖については「雌性配偶体無融合発生」が行われる。性行為は多くの場合出産を促すスイッチでしかなく形骸化している。らしい。女の子同士でえっちしてもちゃんと子供はできる。けど、それは妊娠したがわのクローンとして発生する。
慧音先生も八意先生から習ったと言っていたけれど、重要なのは「雌性配偶体無融合発生」は「生殖」ではないということだ。ボク達妖怪における生殖とは、個体の生死とは関わりがないとのことだ。個体は生死によって増減するが、「雌性配偶体無融合発生」によって個体こそ増えてもそれは「生殖」ではないというのだ。またニンゲン達が新たな概念への恐怖を抱いたときに新たな個体が発生する場合も「生殖」ではない。では妖怪の「生殖」は何かというと、つまり、ボクのような稀に発生する雄性個体との性行為によって遺伝的交雑を経るもののみを指すんだとか。
まあ、虫の世界にもそういう種は確かにいるわけだし、それは効率が良いために残った次世代継承の方法であることも間違いない。虫の世界と違うのは、雄性個体が貴重なタネとして尊重されていることだ。霖之助さんとかモテなのって、そういうことなのかなと思う。でも霖之助さんは〝共有インフラ〟みたいな扱いをされていなくて、なんだかちゃんと尊重されっている気がする。でもボクって……。
はぁぁぁぁ……
深刻そうな溜息を吐いても、りっくんはしょうがないから。りっくんのお精子、倍率高いのはわかってるんだよ?
なんでぇ
なんでって……りっくんは男なのに、こんなに可愛いからでしょぉ❤しょうがないしょうがない❤
男としての尊厳っ!
尊厳なら、ココに、あるじゃない❤
でも、隣の部屋に先生と、チーが
だから、早く済まそ?
どおしてそおなるのぉ
ローリーって普段はきちんとしてるのに、どうしてエッチなことになるとどうしてこうなんだろう。
浮気な旦那様に愛の証明をもらわないと、女は引き下がれないのですっ
ローリーのことが一番だよ
どーせ口だけでしょ、一番が風見さんなのわかってるんだから
幽香さんは……もう、よくわからないんだ。色々ありすぎて、心が追いつかない。多分、好きっていうのとは違っちゃってる。
えっちはできるのに?
それを言われると……弱い
もう。嘘でも違うって言ってよ
爪が伸びていない薬指は、ボクの体を触るのに都合がいいから。左右のほっぺたを薬指でなぞられて、そのまま掌で捕まえられて、また口付け。わかった、ローリーってキスが上手なんだ。舌が入ってくると、ほんとに、えっちな気分が止められなくなる。まるで彼女の唾液に媚薬でも入っているみたい。舌がローリーの舌に捕まえられると、舌の先からおちんちんに直通神経ができたみたいになっちゃう。キスしてるだけで、射精寸前で〝おあずけ〟されてるみたいな、我慢できないくらいの焦燥感に焼かれて
ねえ、おねがい、すぐすませるから
なんてお願いされたら、逆らえない。
彼女はソファの上でボクを跨ぐように股を開いてチュールスカートをたくし上げる、そしてもう片方の手でショート丈のペチパンツを、押し下げていた。いきなり布地が濡れてる、なんてことはないけど、愛撫を要求してくるように見せつけられて指で触れてあげると、割れ目の間には熱いヌメリが潜んでいた。
んっ……❤それは、いいよぉ。それより、おちんちん、入れて
本当は良くないんだろうちゃんと彼女のことも感じさせて、お互いにくらするほど焦れてから挿入する方が。でも、隣で深刻な病のチルノが診察を受けているのにそんな風にしっかり手順を踏んでえっちしようとすることに酷い背徳があるように思えたのと、何よりいつ診察が終わって出てくるのかビクついていて、彼女の言葉に甘えてしまう。ソファに沈んだ体を下に滑らせて頭の位置を下げて、最後に一つだけ彼女のあそこにキスをした。そういう行為、男の満足感だけなのかもしれないけど。
そのまま半ズボンに指をかけてぱんつと一緒に少しおろし、もう張り詰めて窮屈になってるペニスを外に出すと、ローリーはボクの上でフリルの付いたペチパンツから片足を抜き、開いた股をもう少し広げて腰を下げる。ボクの先端と彼女の入り口が出会って、触れ合った。
はや、く……❤
ボクの肩に手を置いて、ボクの頭のてっぺんに唇を埋めたままローリーは魅惑する囁声でボクを急かす。彼女のほっそりとした腰から控えめに広がるお尻への輪郭線を両手で捕まえて撫でる。彼女の肌理の細かい肌が暑い気温のせいで少し汗ばんでいて、それがすごく、えっちだった。その手に力を入れて腰を下ろすように促すと彼女は片手をボクのペニスに添え、更に股を開いて腰を下ろしてボクの先端を奥へ導いていく。ほんの少しの抵抗感、柔らかい熱さ、包みこむヌメリ、進んでいく摩擦。
キタぁっ❤
待ち焦がれたものを手に入れたような、達成感さえ感じるローリーの声。ペニスから逆流してくる快感電流と吸い出されるような射精欲に思わず漏れたボクの声は、彼女のピンク色の声にかき消されていた。
ぐちゅぅうっ、音が聞こえそうなくらい弾力のあるぷりぷりした媚肉がボクのおちんちんをきつく締めながら、でも包み込むように飲み込んでしまう。おちんちん360度全方位への粘膜愛撫。腰を動かしていないのに、膣内はゆっくりともどかしいような蠕動でボクを舐め回している。
りっくんの、旦那様ちんぽ、まってた、まってたよお❤私だってずっと欲求不満だったんだから❤りっくんがルーミアとエッチしてた日だって、私は一人でオナニーしてたんだよ?なのにずるいよぉ、本当のお嫁さんは私なのに、私をほったらかしてルーミアとセックスしてるなんて、寂しいよぉ……
ご、ごめん
たっぷり私にも膣内射精ししてくれなきゃ、ゆるしませ、んっっっ❤
うあっ!
一気に体重を落としてきたローリーに、根本まで飲み込まれてしまう。彼女は一番奥まで挿入したまま腰をくねらせて、肉奥でボクの亀頭を舐りあげてくる。ぬめりとザラつきが、膣圧で剥け上がったボクの亀頭を攻め立てた。
ふあ……ぁぁぁんんっ❤
女の子みたいな声……かわいいよぉ❤
ちょっとだけサディスティックな笑みを浮かべながら、口の中を舌で舐り回された、さっきみたいな蕩ける甘いキスじゃない、もうボクのことを性的に貪り尽くす捕食接吻だった。ローリーの流し込んでくる大量の甘い唾液と、その溜飲を許さないほど激しい舌フェラで、ボクは窒息しそうにになる。ローリーの媚薬唾液に溺れながら呼吸に失敗してローリーの唾液を鼻から噴き出してしまう。鼻水を垂らして酸欠に苦しみながら、残った理性はセックス快感に支配されてしまう。
んぼっ……❤んんぐっっ❤ろー、りっ❤
上では唾愛液の洪水で溺れながら、ボクは下半身でも溺れている。最奥まで飲み込まれたおちんちん。女の子にされるがままに勃起させられて、挿入させられて、腰を使っても主導権は握れず、まるで腰を振らされているような被征服感、快感。ヒリヒリするような、熱と間違うくらいの肉襞摩擦快感が、ペニスの先端から竿を伝って根本を痙攣させ、陰嚢の奥を疼かせてくる。
は……はへっ……❤も、だめ……
彼女の膣はもう、ボクの精液を吸い上げてきていた。尿道をストローみたいにして精液を吸い出そうとする、バキューム膣。亀頭全体にぬるぬるに包まれたザラつき感覚が爆ぜて、膣壁のひだひだ凹凸が雁首をぷつっぷつって弾いてくる;彼女がボクの上で淫乱腰振りダンスを舞うと、バクチク快感が一気に連続で襲ってきた。根本まで入ってから、数コスりだけであっというまに射精しちゃいそうでボクは、もうお尻の穴に力を入れて我慢しているザマだった。
我慢しなくていいのに❤りっくんが射精しても射精さなくっても、私がイくまで終わらないのは、かわんないんだか、らっ❤んっ❤ふンぅっっ❤りっくんも、腰、使ってぇっ❤
ふーっっ❤ふーーっっ❤ま、まだ、まだだもん……❤❤❤
あっという間にえっち汁ぬるぬる。ぬるぬるどころじゃない、おしっこじゃないかってくらいの大量溢れの肉汁がボクとローリーのつながった部分からまるで噴き出すように溢れ出してくる。ゼロ距離密着するたびに、結合部の周囲に濃厚な匂いの本気汁が押し出されて溢れる。膣肉襞に雁首をぴんっ、ぴんって弾かれながら離れていくと、結合部だけじゃなく溢れ出して太腿や下腹部にまで飛び散った本気汁まで名残惜しそうに
はっ、はっ、はっ、はっ❤ろ、ローリーのなか、ヤバすぎる、よおっ❤我慢っできっ……
旦那様ちんぽ、弱すぎるよぉ?もっといっぱいずぽしたいのにっ❤こうやっってっっ、角度変えて、お腹の天井コスる、とかぁっっ❤これっ、コレすきなのっ❤りっくん、動いて、りっくんの動きでココ、ココ擦りまわしてぇっ❤
ここ?む、むりっ……我慢できないのにっ……ここっっ?こう!?っぐう、っん❤
きゃひゃふうっっ❤そこ、そこ、そこそこっっっ❤そこしゅきっ❤りっくんのおちんちん、一番根本で、ちょうどソコにあたるから、しゅきっっ❤相性、いいんだもんっっっ❤もっと、もっと私のお尻掴んで、がっつんがっつんって、そこシテ……んっ、んんっっっっ❤❤❤
天井ザラザラしててっ、途中のところもヒダヒダ絡んできてっ、すごい❤こう?こここうしたら、好き?
ソファを更に浅座りにズラして、お尻に力を入れて今にも噴き出しそうな精液をなんとか留めながらローリーの腰を思い切り引き寄せる。彼女はソファの座面への膝立ちをやめて、股を開いたままボクの体の上に横たわるように抱きつく。全身が密着して、ああ、服なんか脱ぎ捨てて全身でセックスしたいっ。ローリーに溺れたい……いや、もう溺れ死んでるっ❤
お腹の中、擦れてっ……❤その角度、その角度でぐりぐりされると、私のおまんこ、負けちゃうっ❤好きなトコだけ集中攻めされて、中イキくるよぉっ❤
ソファの上で崩れて重なるように抱き合って、挿入しながら、腰を揺らし、糸引き愛液をにちゃにちゃ鳴らしながら打ち付けセックス。キス。愛撫。荒い呼吸、泡立つ唾液に溶ける唇。息継ぎにわずかに離れると舌だけがお互いに名残惜しく伸びて繋がり、それも離れると粘った唾液の橋が繋がる。酸素と唇どっちが大切なのかもわからない、呼吸なんかそこそこに、また舌をつないで唇を重ねて唾液を混ぜあった。
で、でるうっッ❤はーっ、はーっ、もうでるぅっ❤おちんちんこわれる、これ以上我慢してたら、根本のトコこわれるっっ❤❤❤
だからぁ、我慢しなくってもいいの❤りっくんがお精子ぴゅーっっ❤てするときの顔大好きだもん❤男の子のくせに、オスイきですっごいメス面する旦那様が最高に好き❤私のこと孕ませようとするオス絶頂なのに、レイプで快楽落ちしてる女の子みたいな旦那様のイき顔見てると、私も一緒に脳イきできちゃうのっ❤だから、イッて❤りっくん、私の中でイッて❤私の子宮に男の尊厳全部ぜーんぶ吐き出しちゃって❤
夢中で互いの口と舌と唾液を貪り合って、鼻同士がぶつかり合うのもいとわない。荒々しいピンク吐息、ローリーの肌はほんのり化粧の香りがして、女の子の色香が百倍になっている。口同士のセックスに負けまいと、下半身の動きももっと激しくなった。上から覆いかぶさって、覆い尽くす見たに抱きつきながら、ボクのことをソファに叩きつけて潰すように、ローリーの腰振りが激しくなる。
ぶぼっ、ぶちゅっ、ぐちょっ❤
打ち付けられるたびに下品なマン屁音が響き、引き抜くたびにマン汁が糸を引いて開放性の粘り水音を響かせる。
りっくんっ❤りっくんっ、りっくんっ、りっくんっ❤❤❤
ローリーっ、射精そう、ローリーの膣内、気持ちよすぎて、もう射精ちゃうよ❤
だしてっ、受精準備済のお嫁さんおまんこに、りっくんの子作りミルク射精してっ❤いま来たらきっと受精できるからっ❤❤ね?あかちゃんつくろ?私とりっくんのあかちゃんつくろっっ❤
なか、きもちぃいっ❤ローリーの膣内、ボクのおちんちんをちゅうちゅう吸い出してくるっ❤ざらざら名器で密着してきて❤ひだひだすごくて絡みついてきてっ❤
ぞるぞるぞるっ❤
すっごい食いしばっちゃう❤ほら、引き抜くとき、みてぇ……❤おまんこ肉、りっくんのおちんちんに絡みついて、こぉんなに伸びちゃうっ❤私のやわとろおまんこ、りっくんのおちんちんだいしゅきだいしゅきって、離さなくなっちゃってる❤
ぱちゅんっっっ❤
ふきゅうぅうっ❤❤❤❤
奥まで、っっ❤子宮に響いちゃってる❤これでも我慢するの?ムダなのに❤りっくんにはもう、私の赤ちゃん部屋にみるくをどぴゅー❤するしかないのに、なんで我慢するのかな?❤それでも我慢するなら、もう、容赦しないから❤❤❤
ふぇ……
ぱん❤ぱんっ❤ぱんっ❤ばちゅんっ❤ぱんっぱんっぱんっぱんっぱんっ❤ぐちょおぉっ……❤ぱんぱんぱんぱんぱんぱんっっ❤❤❤❤
ふあぁあぁあああああああっっ❤❤❤おまんこ、おまんこすご、こすれてしゅごっっっ❤おちんぽだめ、耐えられないっっ❤吸い出されるっっせーしすいだされちゃうっっっ❤❤❤
さあキテ、キテきてきてっ❤りっくんの愛の証を、私の中にどぷどぷっっ、注いでっ❤
んをっん❤で、るっ❤射精っっ……❤
ぼぎゅっっ❤ぶびゅぅぅっっ❤
〜〜〜〜〜〜っっ❤❤❤きたぁっ❤旦那様の子作りミルク、きたぁっ❤あつい、あついぃっ❤ホントは熱くなくても、ラブのパワーでホットミルク錯覚してるっ❤おまんこも子宮も、愛熱ミルクで焼けるぅっっっ❤
ぱん❤ぱん❤ぱんっ❤……ぱんぱんぱんぱんぱんぱんっっ❤❤❤❤
ほぐぇっっ?ローリー、まっへ、ろーり、今、今イッたとこだからっ❤おちんちんイッたばっかりで、さきっちょビリビリ敏感になってるからっ❤擦っちゃダメっ、ローリーのザラザラ天井でイき亀頭こすり続けるの、だめぇっっ❤❤❤
だっっ、てぇっ❤私まだだもんっ❤りっくんのかわいいオスイきメス顔見ながら、私のアクメはこれからだもんっ❤もっと、もっと見せて❤りっくんのかわいいお顔見せてっ❤精液とオトコノコ潮、両方私の中にぶちまけながら、もっとかわいいイキ顔見せてっっ❤❤❤
ぱんっ❤ぐちょっ❤ぐちゅっ❤ぱんっ❤ぶちゅっ❤
びくっっ、びくんっっ、びくっっ❤
ろーりっ……んぐっんぶっっ❤ちゅっ❤ぁむっっっ❤ぶべっ❤おぼれ、るっ❤おちんぽアクメッッ❤ぶ❤でっ、キスの息つぎでぎっっ❤❤❤唾っ、ローリーのあまいつ、ばぁっ❤❤っ❤ふごっっ、ぶべっっっ❤おぼれっっふぶぶぶっ❤ずびびっっ❤イく、またイグっっ❤窒息イきずるっっっ❤❤
イき終われない、絶頂の電流が頭の天辺から足のつま先まで流れ去っても、また返ってきてもう一回脳を焼く。脳みそをぐちゅぐちゅにかき回して頭の中までカウパーびたしにしてから、また体中に快感火傷を残しながら暴れまわる。ローリーの中に出し尽くしてもう空っぽになった金玉の中で、それでも吸い出される精力が追い付かない精造能力で苦しんでいる、精巣がぎゅるぎゅる悲鳴を上げていた。薄まって水みたいになったスカスカの精液が潮を吹き、ローリーのバキューム膣に暴力的に吸い出された。
絶頂継続が終わらず、ボクはソファの上でローリーに馬乗り種受けプレスを喰らいながら、その下でぴんっとつま先まで足を伸ばして絶頂硬直している。快感に逆らえずに体が全力で溺れにイッていた。
っ❤んヲっっ❤も、むりっっ❤❤っ❤
まだだよ❤もうちょっと❤私がイくまで、おちんちん強制勃起だからねっ❤
ボクの上で淫乱ダンスを踊りながら彼女は状態を起こし、そのまま薬指をボクのお尻の中に押し込んできた。
ふほぉっっっ❤❤❤
んっふ、旦那様、完全復活❤だいじょうぶだよ、りっくん。すっごく逞しいから❤
ローリーって幽香さんよりヤクザだ。セックスしながらいつも思う。いや、しながら思ってる余裕はない、いっつも終わってから呆然としながら思うだけ。
それっ❤
〜〜〜〜〜っっ❤❤❤だめ、そこダメ、勝手にイッちゃうからっ❤
びくんっっっ!
お尻の中へ入り込んできたローリーの薬指は、一直線にイイトコロを押し込んでくる。逆らえない、感情とか快感とか関係なく、ここを押されると、肉体が絶頂する。感情も快感も、肉体のアクメに引っ張られて、達する。
んほぉぉっっっ❤
旦那様のラブスイッチの位置、完全に把握済みです❤ああっ膣内で射精てるっ❤きっともう白くないよねこれ❤透明で水みたいな限界射精だよね❤潮吹き?トコロテン?どっちでもいいけど❤私の膣の中でりっくんがびくびく痙攣してるの、最高に気持ちいい❤りっくんが私の体に溺れて、どえっちらぶらぶ顔してるの、最高っ❤ああっ、イけそう、りっくん、もっと顔見せて、失神寸前のアクメ顔っ❤快感に逆らえなくてお嫁さんのセックスに流されてる旦那様のかわいいイキ顔見せてっ❤
ぶちゅっ、ぶちょっ❤ぐちゅっぐちゅっっっ❤ぱん❤ぱん❤ぱん❤ぱん❤ぱん❤ぱん❤ぱん❤ぱん❤ぱん❤っぱんっっ❤❤っ❤
ローリーの膣内が、まるで手で思い切り握り潰してきてるみたいに、キツく締まり出す。波打つみたいに膣筋肉が脈打って、もう根本まで入りきってるボクの肉棒を、更に奥まで取り込もうと動く。本当に、膣からボクを食べてしまおうとしてるみたいな、暴力的な絞り上げ。でも、ボクはそれ以上何も出来ない、それに快感を訴えて腰を一層動かす元気ももうない。金玉も空っぽで、尿道の中に残り汁の一滴だって残ってない。ただ前立腺刺激で強制勃起させられたペニスが血流で死後硬直のように勃っているだけ。
い、イきそ……❤りっくんっ❤りっくんりっくんりっくんりっくんりっくん❤❤❤❤
う……っあっっ…………❤
んっっ、〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっっ❤❤❤❤
びくびくっっびくっっ、朦朧とするボクの体の上で、ローリーが絶頂に震えているのを、辛うじて認識できた。満足そうに、紅色に染まる頬と、愛おしそうにボクを見くだすハート目が、見えた。
はーっっ❤ふーーっっ❤やっぱり、りっくんは、男の子、だねっっ……❤最高……っ❤私、旦那様にメロメロだよぉっ❤
メロメロ、そんなふうには見えない。
自分で体を動かす元気さえなくて、彼女がまた唾液ででろでろになる貪欲キスを浴びせてくるのに、抵抗も応えることも出来ず、ただされるがままのボク。
ぁぁ、もう、旦那様が可愛すぎて生きるのが辛いよぉっ……❤ね、もう一回……
え、ちょっ……さすがに
と、答えようとしたが、彼女は有無を言わせず二回戦を……と、そこで助け舟が出された。
見境がないな……
会議室の一つを彼等に解放し、呑気に男をオリエンテーションに引っ張り回していると、早速に手持ちの携帯端末に向けて社内ネットワークの監視機構からセキュリティ警告通知が飛んできた;ウィルス検知と不正アクセスの検出、1つや2つではない、次から次に別の検知の通知が飛んでくる。溜息が出た。
ただの視察だと伺っていましたが
状況は常に変化する
別に僕はセキュリティのスペシャリストではないしスーパーハッカーでもない。それでも呆れ顔でいられるのは、僕が最も重要視している施設はネットワーク的に接続されていないからだ。勿論常用のイントラには十分なセキュリティを設けているがそれ以上に、それなりの機密情報こそ格納されているがそんなものはいざとなったらくれてやったって構わない程度のものだ。封入領域に関わる、業務上不可避な断片的な情報はおいてあるにせよ、本質的なデータは物理的に切断して格納してある。幾らでも不正アクセス防止法を犯したログを残してくれという気分だ。
ウチの中を荒らしたところで、時代遅れな文書管理システムのリポジトリが見れたり、社員が業務中にKaKaSiを見てるログが取れたりするだけですよ。
その割には随分頑丈に鍵をかけてあるようだが
ウチも会社ですから、法律上緩くはできないことくらいはご存知でしょう?ついでに、それが犯罪だということも
男は肩を竦めて見せるだけで、犯罪であることなど全く意に介していない様子だ。しかし、これではっきりした。神社本省はエネルギー戦略にどうしても介入したいらしい。それもかなり高いレベルからの指示によって。正当な手段を踏むつもりは無いらしい。
そちらから言いづらいのなら、私の方から言いましょうか?つまり、神社本省は〝不正なエネルギー〟を欲している。
違うな。エネルギーを欲しているのは国保の奴らだ。神社本省は奴らの目的に便乗して利用しているに過ぎない
どっちがどっちだろうが似たようなものですね。ああっ、セキュリティが破られたら、高レベル放射性廃棄物の取引記録が見つかってしまう!とか言ったほうがご期待に添えましたかね。
北海道共和体電源公社との汚染取引記録なんて、欲しがるのは週刊誌くらいだろう。我々の目的は〝アイスドール〟の引き渡しだ。我々は、空を取り戻す
人形、ねえ
アイスドールとは皮肉った渾名を付けてくれたものだ:胸中一人ごつ。
空を取り戻すといった男の目には、なにか正義心めいたものが沈んでいた;だが正義心ならば正義だとは限らない。空が、何だというのだ;もはや空を望む窓失われようとするこの世界で。今日、多くの建造物は窓という構造を持たなくなった;窓など、もはや歴史的な遺構でしかない。昔から残された建物や、あえて昔の建物の風合いを出そうとする場合にのみ機能性を無視して据え付けられるものだ。今は一人暮らしとなった我が家にもあるが、それ自体が珍しい。だからこそ、一日中窓から顔を出していた茅野は近所で良く目に付き、今や悪い意味で有名になった。
だがこの地下施設に窓はない。アイスドールだなんて、茅野、どう思う。君が開けたり閉じたりしていた、窓は、ここにはない。奴らは君に、何をさせたいのだろう―ああ、そんなこと、知れているね。
この頃、日本政府は〝極地回復運動〟に執心と聞きました、国土地理保全庁だけでなく神社本省の肝いりで。仮にも国の機関であるあなた方が、そんな疑似科学的なムーブメントに染まるなんて、きっと後世に名を残しますね
第一次極地回復運動はグリーンメジャーの妨害にあい失敗したのだ。その後も目的を見失い第二、第三と蒙昧な活動に終止した。しかし今回こそそれを結実させ、穢れた既得権益による地球の温室化を終結させなければならない。
一度で懲りてくださいよ;冷やすなら、ご自分達の頭が先です。八雲さんだって
奴は有能だったが、目的を見誤っていた。八雲が踏み外したせいで、極地回復運動は幾度も失敗を見たのだ
そう。昔、八雲さんは神社本省に所属し、その指導的立場にいた;そして、今はいない。最後に彼に会ったのは茅野を返してもらったときだ;それからもう幾年も経っている、その間に地球の平均気温は0.72℃上昇した。しかし彼が今どうしているのかは知らない、知りたいとも思わない。地球の平均気温が14℃前後だった頃に比べて、既に5℃以上上昇している。しかし、この地球がどうなるかなど、人類は知りたいとも思っていないようだった。
極地回復運動の目的は北極と南極の氷量が回復させること即ち、温室化対策を徹底して平均気温を自然通りの姿に戻すことだった。南極北極の氷量の回復は指標の一つでしかなかった筈です;ところが今あなた方が望んでいるのは、まるで順序が逆だ
一介のRIB発電の研究者でしかないお前が、よくも細かいところまで察しているものだな?
私もニュースくらいは見るのでね
……まあいい。前任者は極地回復運動の本質を見誤りそうした目的に沿わせようとしたつまり、今君が言った通りのことだ。だがそれでは間に合わないと誰もが実感していることだ;外で空を見れば、誰でも否応なしに絶望する。そうだろう?
今日日、窓など覗いて見えるのは鈍色に垂れ込める分厚い雲だけだ。あまりにも厚くなりすぎた雲は地球に差し込む太陽光から紫外線と熱を一定量遮りはしたが、同時に地球の赤外線を地球外に漏らさなくなった;嘗てヒートアイランド現象と呼ばれたものは都市部に起こっているものではなく既にこの星全体に生じている。星が熱くなっても人間の体温は変わらない、水の科学的性質も変わりはしない。人間は自らの生きる環境と生命を維持するために最低限の環境の〝保温〟を行い、そうして逃した熱を地球上のどこか別の場所に退避する。熱量自体は変わらないどころか熱を移動させるための仕事量を得るために、熱は余剰に生産される。そうして余剰に生産される熱を極小化すべく冷房効率を重視して建造物から窓というものは失われた。そして太陽熱に余剰付加された熱はあの分厚い雲のせいで地球から逃れることができずに留まる。今や地球は、人間自身の手を加えた緩やかな暴走温室状態にある。地球上の多くの陸地は水没し、行き場を失ったニンゲンには水上生活を余儀なくされている者も少なくない。生まれてから死ぬまで土と岩でできた陸というものを踏まずに人生を終える者もいる。そんな世界を窓から覗き見て、確かに絶望は、するだろう。
せめて熱い空気・運動量の高い粒子だけが外に出ようとするときにだけ開く便利な窓があれば、と僕だって願ってしまう。すべての建物に、いや、この地球にそんな窓があれば:なあ、茅野。
空が開いていようが閉じていようが、極地回復運動だなんて;既に忘れさられた市民運動を今更引っ張り出し、そんな亡霊を呼び起こして、今更何だというのですか。
これまでの盛り上がりと一緒にされては困る。第一次極地回復運動は明確な展望もなく、気温が下がれば極地が回復するだろうという牧歌的な市民運動だった。そして目的を見失った。だが今回は、パラダイムが違うのだ。極地の再形成さえ済めば、あの温室効果を持った雲に頼らずとも反射率を向上させることで熱収支を抑えて気温を下げることが出来る。
そんな非科学的なエネルギーを希って、偉そうな顔をしてそれに縋ろうとするなんて、どこまでも歪んでいる。
神妖の持つ魔法のような力、SF映画に登場する怪獣のような非常識なエネルギー、いずれもあらゆる保存法則を無視している。神妖の破壊活動における仕事量を引き出すためのエネルギーは、地球の熱収支に影響しているとも言われている。引き出したエネルギーの歪が現れるのかもわからないというのに、そんな不正なエネルギーを利用しようだなんて、核エネルギーよりも危険に決まっている。
神妖:ササメユキ(後にグレートシングと改称)の落し子の様に突如現れ、〝東京大凍結〟と呼ばれる異変を引き起こした神妖:フローズンホープ。対グレートシングと同等の神送り準備を整えたニンゲンを他所に、72時間で異変は終息。その中心地に、一人凍死せずにぼうっと立っていた人間が、彼等の言うアイスドールだ。
第一次極地回復活動、基、八雲は神の遣いたるヒメミコを地下に閉じ込め、その意図を遮ってしまった。アイスドールはこんな地下牢を脱出して多くの人間を、地球を救う宿命を担っているのだ;このような場所に幽閉されていてよい者ではない。神が遣わした救いのヒメミコたる氷憑きの実装、フローズンホープ;その縮退状態たるアイスドールを、この施設は隠匿している。我々はアイスドールを不正な軟禁状態から解き放ち、グリーンメジャーによる地球の汚染と温室化を阻止する。
それでわざ国家権力に浸透してまで、ここにやってきたということですか。彼を殺せばすべてが良くなるはずだ:ここには大量破壊兵器があるはずだ:市民革命者気取りもよろしいですが、本当にここにそんな便利な魔法があると思って来ているのなら、後悔することでしょう。八雲さんも、そんな幼稚な思想がイヤになって辞めたのでしょうね
当て擦ってやりはしたが、そうではないことを僕は知っていた。あの人が神社本省を辞め僕と……それに茅野の前から姿を消した理由は、おそらくもっと―稚拙な理由だ。僕が八雲さんと決別したのも、今こうして古今などという偽装的な施設に勤めているのも、れい子と別れることになってしまったのも、すべて、幼稚な、ひどくひどく幼稚な理由からだ。
八雲はアイスドールの調査を行いその可能性と重要性に気付いていながら、その力を恐れて封印した。人類にとって大きな汚点だ、そのせいで温室化対策は20年は立ち遅れ、巷間PNRはとうに通過したと言われている。だがもしアイスドールを適切に扱えば、温室化は解決したも同然だ。八雲は〝アイスドールはただの人間だった〟と言い張る一方で、それをかつて首都圏を中心に甚大な被害をもたらした〝ササメユキ〟の破片と見做し危険因子として幽閉した;ただの人間を封じるのには些か厳重すぎる地下室へね。言動が矛盾している;あれは、グリーンメジャーから大量の賄賂を受け取っていたのだ。
……短絡的、いや夢見がちが過ぎますね。赤道下に白い巨大構造物を作ろうだなんていう今の案も、大変に馬鹿げているが、科学的事実に基づいている点では余程マシだ。神妖ササメユキの後に現れ再び東京大凍結イベントをもたらした氷の神妖:あなた方の言葉を使えばアイスドールですか:それを飼い慣らして超常の力を利用する?馬鹿らしい。魔法?奇蹟?さすが宗教屋さんだ、頭沸いてるんじゃないですか?
ならば!お前はこの地球をどうしようと思っている。地球が第二の金星になるのをただ座して見ていろと言うのか!?
ニンゲンは自らの意思で係るティッピングポイントを幾つも踏破し、いよPNRを突破した;お望みの結末まで全力疾走中です。わざわざ邪魔立てしなくてもよいではありませんか。
雲月築、貴様不明破壊活動主体と同じ、地球の滅びに加担する裏切り者か
何を言いますか、裏切り者だなんて人聞きの悪い。滅びはニンゲンが自ら望んだものですよ;そんなこと、夜に缶ビールでも煽りながらテレビなりwwwなりのニュースでも眺めていれば子供にだってわかる。
その愚行を!改めなければならないのは確かだしかし、そうしたところで
そう。そうしたところで、もう手遅れだ。僕には神妖は地球のホメオスタシスのように思えます。地球は神妖という免疫を機能させ、ニンゲンという害種と僅かばかりの種の絶滅を促進し、安定を取り戻そうとしている;そうは思えませんか?
だからといって地球最後の日を、座して待つことなどできるか!
ニンゲンの滅びが地球の絶滅だなんて、傲慢ですね?大丈夫、ニンゲンが滅んでも沢山の他の生き物は恐らく生き残り、地球は生き長らえますよ。次に繁栄する種には、たとえば、虫なんかどうです?放射線さえエネルギーにして生きる彼等は、ニンゲンの終わりを、今か今かと、きっと待っています。ニンゲンは核戦争で滅ぶかと思っていたんですが、そうはならなかったようです。
そうさせないために、極地回復が求められているのだ!
それは崇高なことで
そう。彼等の方が、崇高な目的を持っている。僕は、酷く幼稚な理由で彼女をここに留めているのだから。もう誰にも渡さない、誰にも触れさせたくない;彼女を僕は閉じ込めて、それは宝箱か、あるいは、牢獄。もう、年貢の納め時なのだろう。こうして誰かに締め切ったその窓を開けと言われてしまえば、それを拒む強い力を僕は持っていなかった。いや、持たなかったのかもしれない。それは、開きたくないと思う一方で、これを開き、みんな(みんなだ)に彼女をひけらかして、そして迎える結末を、あてつけてやりたいと何処かで思っていたから。
今更あなた方を止められると思ってはいません、封入区画は解放しましょう。もしあなた方の言う通り、彼女が地球を救うというのなら、僕もそれを見てみたい。どうでしょう?
それだけではない:その後、日本国には圧倒的な神妖の力が残る。不明活動破壊主体は、現在日本にしか出現しない;激甚災害に等しいが、同時にこれが利用できれば巨大な資源とエネルギーを独占したことになる。どの国も実運用できていない〝激甚気候兵器〟。温室化の危機を回避した後はアイスドールを解き放ち、フローズンホープとして復活した力を用いて、日本は世界に覇権する。
……くだらない。せめて嘘でも世界平和のためとでも言えばいいものを。
僕が口汚く罵ると、男は銃を僕に突きつけてきた。
お前にも家族がいるだろう、ただ少女を一人、こちらによこせと言っているんだ。それさえすれば、許可なく各施設を運用していたことも、アイスドールを監禁いたことも、誓って目を瞑ろうじゃないか。
生憎、僕はいま独り身ですよ、妻は実家に帰っている。娘は、いない。
だったら、殺してしまっても構わんか
僕を殺せば封入区画は自閉モードに入り、ロックは開かなくなりますよ。一定時間内に自閉モードを解除しなければそのまま自壊プロセスへ移行します。
男が銃口を僕に向ける。撃たれるのならばそれはそれで良かった、どうせ彼等が行き止まりに追い込まれることには変わりないのだから。幸か不幸か、引き金は引かれることなく、僕はこうしてまだ立っている;封入区画を開け放ってみせよということだろう。心の底では望んでいたのだ、それを;僕は何処かで、その結末の来訪を喜んでいる。
話がわかって助かります
鍵を開けた瞬間に殺す、とは思わないのかね?
彼女が僕以外の言うことを聞くとでも?
偽神者か何かのつもりか、雲月築。
……ええ、そうですね、彼女は―女神ですから。
茶化すように言ってやると、男は憎々しげな表情を浮かべて僕を睨みつけた。あゝ思い出すね、その目、そうだその目は、嘗ての僕の目だ。八雲さんを睨みつけた、あのときの僕の目と同じ色をしている。彼女に魅入られたという点で、八雲さんと僕は、同志なのだろうと思う。だから、悪くても憎み切れないでいる;こうして、八雲さんが残したものを自分の領域に封じ込めてまで守っているのだから。
その女神はあの日いつの間にか家からいなくなっていた。そしてまさにその異変の中心地である浅草百廿階の展望デッキで見つかったのだ。
茅野さん、何度言えばわかるんですか!?ほんっとにグズですね!
どすと足音を鳴らして廊下を歩くのは、れい子だろうか。嫁に取ってから一度だってあんな歩き方をしているの見たことはない;張り上げている声にしてもそうだ。どうも茅野を責めているようだが、茅野が来てからこうなったというわけでもない。れい子は茅野の面倒も文句一つ言わずに見ていたし、こんなことを僕が言うのは非道いのだろうが、茅野は僕とれい子の、本当の子供のような良好な関係だ。珍しく喧嘩でもしているのだろうか。
おうい、どうした。そんなに声を張り上げて
れい子の怒り具合にも驚いたが、先日〝浅草百廿階〟へ連れて行った様に無理に連れ回したりもしない限りは、生活に必要な移動以外では件の窓の前からほとんど移動しない茅野が自ら歩き回っていることも意外だった。喧嘩をするほど自己主張したのだとしたらそれも珍しい。僕はちょうど仕事に小休止が欲しく思っていたところだったのもあり、声のする方へと足を運んでみる。
嗚呼、知恵遅れの女ってこんなに面倒だったんですね。あ、築さん。やっぱり茅野さんは癲狂院に入れておいたほうが良いんじゃないですか?掃除一つ満足にできないなんて。養子縁組なんて無理ですよ
ああ、うん。そろそろ家事くらい手伝ってもらったほうが良いだろうとは思うが
そう言ってれい子が指差す先では雑巾がけに使うバケツがひっくり返り、床が水浸しになっていた。なるほど。しかしこれくらいは僕もやったことがあるぞ、でもれい子はこんな風に飛び切り燗ほどに怒ったりはしなかった。なんだか様子が尋常ではないような気がする。
あー、茅野、そっちを拭いて。れい子もだ
築さんは結構です。この子にやらせますから。雑巾がけくらいできますよね?頭を使う必要のないお仕事、あなたにぴったりじゃないですか。
れい子、言い過ぎだ。どうした、そんな物言い
だって
と、そこまで言って口を噤む。〝だって〟。こうしたシーンでれい子が〝だって〟を言うのを聞いたのは、初めてかもしれない。だからといって、彼女が僕に心酔しているだとか、服従しているだとか、そういうことはない。おそらくはそれを口にしない強い自制心があり、僕に直接それを口にせず飲み込んでいるのだろう。それをどこで吐き出しているのか、僕には見せてくれない。れい子はそうしていつでも完璧な妻をこなし、その内面できっと、僕を非難しているだろう。
急にどうしたんだ、今までそんなに茅野に辛く当たることはなかったじゃないか。
そう問うてみても、彼女は口を結んだまま何も言わない。強く主張することはないが根の部分で強情なところがあるのは昔からだ。だが、さっきの怒り方は彼女らしくない。
疲れているのか。ちょうど僕は仕事が閑散期なんだ、家事は僕がやるから休んでいなさい
いいえ、疲れているわけではありません。ただちょっと、
ちょっと?
……なんでもありません。やっぱり、疲れているんですね。ごめんなさい
気にしないで。ほら茅野、さっさと拭いて。畳の方に行ったら大変だ
僕は茅野に指示を出して床を拭き始めたが、結局れい子も一緒に拭いていた。その後バケツの水を処理したりを含めて、掃除は代わりに僕が引き継いだ。茅野は傍で僕の作業を見ていて時折手伝ったが、やらせてみればそう非道い手際ではなく、言ったことは素直にやってくれた。れい子が怒るほどの失敗が、バケツを引っくり返したことだと言うのも、些か疑問が残る。
茅野、何かしたのか?
聞いてみたが、彼女はまた心ここにあらずという様子でフラ歩き出す。恐らくまたいつもの窓の前に戻ってしまったのだろう。その場に残された僕は一人で掃除を続けた。
れい子は、我が家を毎日部分的にローテーションしながら掃除しているらしいことは聞いていた。彼女なりのルールに、僕も従って掃除すべきだろうと思っていたが、結局説明が面倒くさい(意訳)とのことで、今日のところは僕がやるとしたものの結局翌日からは再び家事は彼女の手に戻った。
疲れている、と言った彼女の様子が何かを隠しているように見えたことも考えて、本当に疲れていたのであればやはり家事の分担を考えねばならない……結婚からもう10年以上経っているというのに、今更?いや、それは年齢によって変わるものかもしれない。考え直すタイミングが来ているなら、そうすべきだろう。
どうにも腑に落ちない。れい子は、茅野と違って、手のかからない女だ。そんなにも、わかりやすく面倒を掛けるようなことをするとは思えなかった。
養子縁組が、気に食わないのだろうか。考えられる原因はそれくらいのものだった。
もうしわけないんだけど、ちょっと、扉を開けてくれるかしらー
「「!!」」八意先生の声だった。扉を開けてほしいと言っている。なぜか知らないけど開けられないらしい。そのせいで先生はボク等を呼ぶしかなく、おかげで猶予を得る。助かった、二重の意味で。
あ、はーい。お待ち下さいね
え、すごい変わり身……
さっきまでボクを犯し散らしていたとは思えないくらい、平静を保った声。刺さったままのペニスをズルリと抜き去って、余りにも鮮やかな手際でちり紙を取り出してアソコを拭き着衣を整え、乱れた口紅も拭い取って最小限の変化で、タイムロスなく扉へ向かう。ノブを回して扉を開く頃にはほぼ完全に元の姿に戻っていた。ボクは慌てて着衣を整え、少なくとも首から上についた唾液やルージュの移りをハンカチで拭い取る。
どうし……あれ、寝ちゃってるんですね
ええ、と言って八意先生はチルノを抱えて出てきた。だから扉を開けられなかったのか。いや、ボクらの行為に気づいているのか気づいていて敢えてなのかもわからないが。別に扉を先に開けてからチルノを運び出すことだって出来たはずだから。
ち、チー
寝ている、んだよな。余りにも静かな寝姿に、嫌な想像がよぎってしまい、ボクは思わず彼女の手を取った。まだ冷たい。何故寝ているのかはわからなかったが、それは今は大した問題ではない;診察の都合でそうした魔術を使っただけだろう。でもさっきまでローリーとえっちしていたことが酷く後ろめたくて、なおのこと言葉をつまらせてしまった。
あなたのベッドに寝かせてよかったのかわからなかったから
ああ、それは、構いませんが……彼女は嫌がるかもしれませんね
あら、そうかしら?
八意先生は困った顔を見せて、彼女をソファの上に横たえた、さっきまで、ボクとローリーがセックスしていたソファに。
先生、チルノは
そうして静かに伏していればすう、、と小さく上下する呼吸が穏やかそうに見えてホッとしてしまう。でも、彼女の腕や指が治ったわけではない。依然として今のチルノには片腕しか無いし、残った手にも指はない。ボクが問うと八意先生は、困ったような呆れたような顔で、口を開いた。
医療の分野では間に合わなさそうね
え?
詳しいことはここではわからないのだけど……この腕も指も、まだつながっているわ;空間座標だけが別になっている、そのただ一点を除いて
はい?
まだつながっている、と言った?だってつながってないじゃないか。彼女の腕も指もまだ外れていて、ボクはたった今先生からそれを受け取った。氷室に入れようとしているところだった。
何を言っているのか、よくわからないんですが
腕の中を行く各循環系はこの断面で停止していない、見ての通り出血もしていない。断面まで来ると、そのままそっちへ続いている:逆も然り。感覚は残っていないみたいだけれど、断絶しているはずの血管から出血していないことも、その他切断されているように見える各組織からは血液以外の体液も漏出していない。つながったままであることは明らかだわ
明らか、って、明らかに切れてますけど……
誤解を恐れずに言うならば、私が前に月を隠したのと、規模こそ小さいけど現象的には同じね。
月を隠した、というのはかつて八意先生が行使した、史上稀に見る大魔術のことだ。勿論、巨大な天体である月あるいは地球をごっそりと移動させるなんて事はできない、恐らくそんなことをすれば引力の局所が変化したり諸々ボクには想像のつかない事が起こって大変な事態になる。そうではなく、実体はその場所に据え置いたまま、空間上の存在座標だけを別の場所に欺瞞することで、恰も移動しているように見せかけたのだ。
それと同じことが、チルノの体に?どうして?
どうして、は私にはわかりかねるわね。どうやって、ならば、時間をかければ解明できるかもしれないけれど。それよりも、〝バラになる〟という呪でも仕掛けられているような、この挙動に興味があるわ。他のあらゆる状態に影響していないところを見ると、よほど偏屈な呪ね;〝体がバラになる〟が実現されるなら、他はそのままでも構わないという強い意志を感じる。
意志?誰かがやったというのですか?
〝誰か〟もしくは〝何か〟。これが誰かの術なのだとしてもその痕跡がここでは簡単には辿れそうにないわ、極めて念入りに偽装してある。本格的な魔術的分析が必要よ、こんなところで応急には無理そう。そして、だから、これは医療の分野の話ではないわ。魔術か、呪いか、あるいは
あるいは?
もともとこうなる運命だった
そ……そんなこと、あるわけが……!
それは私にはわからないわ。心当たりがあるのかしら?
ありませんよ
そう
二人の〝そう〟の温度感が違いすぎてきつい。ローリーはともかく、八意先生の目までが、何処か疑いの色を持っているように思えた。ボクが、チルノの体をバラにしているとでも言うのだろうか。自分で被害者をバラにしておいて医者に連れて行くとかサイコパスの極みみたいなことするわけないじゃないか。
ところで、蜘蛛神様はどちらに?
帰りました。用事があるとかなんとか
あら、残念。接続次元のような不毛で不安定な場所に好んで住んでいるなんて、あの方くらいのものよ。そもそもそこから通常次元に出てくるなんてことが貴重な機会だわ。
そうなんですか
呼んでも出てこない、訪ねても留守で、釣瓶落としに伝言を頼まなきゃいけない。それをリグルくん、あなたはこんなところまで呼びつけるなんてね。一体どういう関係なのかしら?
使いっぱしりにしやがってと怒られましたよ
ふうん?まあ、それは今はいいわ。それよりも、彼女
そういって、チルノに布団をかけてあげてと指示する八意先生。暑いのがいけないのに、布団をかけるの?そう思ってしまったが、布団自体は冷たければ冷たいものを保温するのだ、彼女の体温を保つ観点では布団は氷室と同意だ。例年夏にはあちーといって分厚い布団にくるまっているのをよく見た。ボクがチルノにとっておきの冬用羽毛布団をかけてあげていると、八意先生は彼女の状態の説明を始めた。
彼女の平熱から鑑みて、最近の連日の真夏日は相当堪えたんでしょうね。謂わば自覚症状のないままに熱中症を悪化させたようなものだわ。彼女、元々属性が氷雪という事もあって、あまり発汗を行わず魔術作用的に体の放熱を行っていたみたい。でも今はそれが上手く出来ていないようね、上昇する体温を下げることが出来ずに体が……
そこまで言って、八意先生は言葉を選ぶように口の中で転がしている。きっとうまい言葉が見つからなかったのだろう、苦い表情を保ったまま、言った。
溶けているわ
とけ……
氷像が溶けて腕の接合部がぼろっと落ちる、みたいな状態ね。それが座標の位相ズレとして表現される状況が全くわからないのだけど、こう仮定することは出来る:元々彼女の体には常に体がバラになる呪がかかっている、けれど彼女の低温恒常性はそれを阻害しており体としてひとまとまりに維持されていた。熱中症になり恒常性が低下したせいで、呪に抵抗できなくなっている
その呪って
わからないわね。私も興味があるから調べてみたいとは思うけれど、それよりも彼女の体をなんとかしないといけないんじゃないかしら?
はい。
まずは熱中症を手当して彼女の体温を下げてあげるのが優先ね。妖精用の薬なら紅魔館からまとまった量の常備薬の発注があるから、うどんげが作ったものでよければ在庫もあるわ;熱はそれで下げられるはずよ。でもあの切断現象については、今ここではわからないわ。彼女が起きて、同意を得られれば、調べてあげたいのだけれど、ただ
ただ?
はっきりとそうは言っていなかったけど、彼女自身には、心当たりがあるみたいよ。それに、リグル君、キミにも
ボク……?
ボクに、心当たりがある?さっきの話じゃない、まさかボクがチルノをバラにしているとでも、言うのだろうか。チルノの方を見る、彼女はまだか細い寝息を立てていた。合点の行かない気分で、彼女の寝顔を覗き込む。冬の明けきらない春、あるいは冬の入り口の秋には、薄っすらと霜が降りる睫毛は今は、艷やかな紺色をしていた。真夏日が続いて彼女の体は疲労し、体温を下げる機能が不全している。彼女の前髪を除けて、白い額に掌を乗せる;ひんやりとはしているが、彼女の万全な体温でないことは明らかだった。そうしているボクに、八意先生は少しだけ言い淀んでから、チルノの診察について、最後の報告をした。
彼女、無言で、キミのことを怒っていたわ